交川陽子(まじかわようこ)さんという方をご存知ですか??

高校教師を辞めて、厳しいオートレースの世界へ27歳で飛び込んだ異色の経歴を持つ女性。

スポンサードリンク

 

交川陽子さんが転身したオートレースとはどんな競技?

8台のバイクが1周500m、幅30mの楕円形のコースを左回り6周してスピードを競い合う公営競技。

そのスピードは約150㎞というエキサイティングなスポーツです。

選手生命の長いことも特徴で、1941年生まれの谷口武彦(たにぐち たけひこ)さん(75)が有名ですよね。

オートレースの養成所入所までの試験も過酷??

オートレーサーになる前にオートレース養成所に入所しなければならないのですが、そこに入所するのがまた大変。

特に最終選考の第3次試験の2週間の合宿が・・・

超過酷

合宿内容もですが、合宿に入る前の持ち物検査が既に過酷・・・

生活に必要な最低限のものだけが持ち込み可能

携帯電話や音楽プレイヤーはもちろんのこと、本、雑誌、化粧品や石鹸、シャンプーまでも持ち込み禁止。

ニキビケア用品、制汗剤や化粧水も女子と言えども禁止

なぜかファブリーズはOKだそうです(^_^;)

ちなみに試験前に没収された物は養成所を出る時まで保管

試験に合格したらそのまま養成所に9ヶ月間入所になります。

ということは、没収されたものに再び出会えるのは1年後??

ということですね・・・

宿舎を出たら3歩以上は走るのがルール

女性も特別扱いは一切ありません。

テレビはオートレースのみ、視聴可。

外の情報を知る手段としては新聞のみです。

食事時間は10分

筋トレはもちろんですが、その他に整列や行進、敬礼の練習もあります。

レーサーとしての体力・適正を見られます。

ちょっとした気の緩みが大事故につながりかねないので、ここから既に厳しいんです。

スポンサードリンク

オートレーサーの受験資格と倍率はどの程度??

オートレーサーは、目安として受験者約1000人に対して、最終合格者は20人程度。

倍率50倍と難易度はかなり高く、簡単になれる職業ではありません。

  • 満16歳以上の者。

 

  • 年齢の上限はない。

 

  • 合格者の平均年齢は23歳。

 

  • 中学卒業以上。

 
ちなみに元SMAPの森くんが受験したときには、年齢制限がありました

満23歳未満。

第33期は20代前後がやはり多かったようです。

交川陽子さんは27歳で最年長。

今は割と緩くなっているようです(募集要項に関しては)。

オートレーサーの平均年収は1400万円ほど

ただ、個人にもよるそうで稼ぐ人は億稼ぐことも可能なようです。

ちなみに交川陽子(まじかわようこ)さんが受験された第33期選手候補生入所試験は、394名受験、合格者20名

19.7倍の倍率(°д°)

厳しい9ヶ月間の養成期間を終えることができれば、平成29年7月~デビューできるそうですヨ!

※追記:無事デビューされたようです☆

交川陽子さんがオートレーサーになった理由は??

 

まじかわようこ出典:http://ameblo.jp/racesukiko

 
元々履正社高校の体育教師をされていた交川陽子さん。

教えることよりもやはり競技ができるところに身をおきたい!

という想いが強かったようです。

思い切って離職し、オートレースの道へ。

体育指導の参考になればと思ってサンボの道場へ通いだすと、元々の運動神経の良さから大会へ出場するようになり、入賞までもするように。

2014年には世界サンボ選手権大会 女子48kg級7位という好成績を残されています。

日本では優勝経験もあります。

その成績で、オートレース受験では、特例応募として受験されているようです。

オートレース受験資格概要に↓このような文言がありました。
スポーツ競技(モータースポーツ(四輪競技)、陸上、サッカー、野球、レスリング、ボクシング等)において優秀な成績を収めた者で、本財団が認める者

おそらくこの項目に該当されたと思われます。

交川陽子さんのしていた競技、サンボって??

柔道とレスリングをかけあわせたような競技。

ソビエト発の格闘技です。ソビエトにおいては軍隊格闘術としても発展したようで、広義では護身術のこと。

まとめ

交川陽子さんは佐藤摩弥さんに憧れているようです。
 
佐藤摩弥さんは美人レーサーとして注目を集めましたが、養成所入所のときの丸刈り姿が印象的でしたね。

飛び込み易い反面、合格への道となるとかなり過酷で厳しい道という印象です。

養成所への合格までが既に過酷。

養成所入所~がまた更に過酷。

一瞬の気のゆるみが大事故に繋がります。

厳しさは当然のことと言えば当然です。

お父様もお母様も教師

転職時は家族で猛反対 だったそうです。

この高い倍率と厳しい養成所生活を抜けてオートレースの道が開けますが、家族の反対も押し切って選んだ道。

鬼教官から激怒され・・・

最年長なのに(できていない)・・・』と悔し涙を流される場面もテレビ取材で見られたこともあります。

是非是非頑張ってもらいたいです。。